バス停の怪

適当に長時間ぶらぶらと散歩していると、いつの間にか見知らぬ土地。それこそ道に迷うほどに歩き続けたので、日は落ち脚はデュアルショック対応、喉も渇いている。ブザーが鳴り響き警告灯で視界が赤く染まり始めたかと思うと、前方にはバス停が。渡りにノアとはまさにこのことと、脚のバイブをこらえて歩いていくとバス停に続く行列に違和感。

あたかもモールス信号が如く人と人が2メートル弱ほど間隔を空けて並んでいる。生まれも育ちも、生粋の名古屋人として名古屋など俺の庭のようなもんだと思っていたが、ちょっと歩くだけでいつの間にか文化の境界線を跨いでしまったらしい。バス待ちの際にトンとツーの2種類のみで思いの丈を伝える習慣は俺の地元には少なくとも存在しない。いや、それともこれは本当にただのトントンツーであり彼らはバスなど待っていないのではないか?誰に向けるものでもない信号が果たしてレクリエーションとして成立するか、それこそ文化圏の違いであると片付ける方が無難であろう……とモールスの末端に立つサラリーマン風の男に、そこが行列の最後尾なのかを尋ねることに。

生粋の名古屋人である以上にコミュニケーション弱者なので、さっきまでとは異なる理由で脚はがくがくと震え唇はひび割れる。やはりそれでも、世の中にはモールスだけではなく言葉で直接伝えねばならぬこともあるのだ、と決心し「ここが最後尾ですか?」ミッションコンプリートと思ったのも束の間、男は目をやや見開いパードゥンの顔面言語をしつつ両の耳からイヤホンを引き抜いたのだった。いや、出鼻こそくじかれたがここでひるんではならぬ、と唇を湿らせて決意を新たに再度、ここが最後尾ですか?「いや、分からないっす」返す刀で正中線から真っ二つ。ああそうなんですか……。俺と彼との間に信号は途絶え、ただ静寂だけが2人を取り囲んだ。どちらが絶対的に悪いという訳でもないのにどうしてこんなにもわだかまってしまうのか。これでは尋ねた甲斐がないなあと思いながらも彼の隣に大人しく並ぶことにした。気まずいので2メートルほど間隔を取った。