読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

47-電気グループ

日記

物理おじさん、という人物の目撃情報がある。

大学構内、理系ブロックで彼に声をかけられたという事案が数件俺の耳に届いている。誰でも構内に入れるのは確かに大学の良いところではあるが、果たして今目の前をうろついている人物が爆弾魔かシリアルキラーか分からないというスリルをキャンパスに求める人間はいるだろうか。先の二例の比べれば物理おじさん、は危険人物ランクはかなり控えめなものになるだろう。事実彼の及ぼす実害というのは学生に「電気は物質か現象か?」という問いを投げかけ答えてもいないのに自論を展開する、というものでいかにもそれっぽい人物。

できれば会いたくないなあ、それは恐らく学生諸子の共通意思。爆弾魔およびシリアルキラーエンカウントした時の対応としては通報あるのみ(死なないように)だが、物理おじさんに遭遇した時の対応マニュアルなどこの世の森羅万象から外れていることは想像に難くない。「恋は電気である」触れ合う瞬間のときめきは電気的な力が及ぼすものである、そんなやくしまるえつこ的な宇宙すら感じさせる彼。物理おじさんというよりは相対性理論おじさんと呼ぶべきかもしれない、そのテーマで論文を書こうものなら賞の一つや二つ。ノーベル賞よりもレコード大賞の方が取る可能性高いけど。念のためこの言説の証言をしてくれた学生に彼の外見的特徴について尋ねてみたが、紛う事なきおじさんのものらしい。せめてやくしまるえつこになってから出直してください。

彼についての情報を集めているうちにできれば会いたくないなあ、そんな思いが反転し、彼への憧憬に変化していくのが分かった。この変化に潜むものはテレビの中の世界に入り込みたいだとか、ミッキーに写真を撮ってくれと頼むような、そんな幼稚な感情なのかも分からない、が確かに目撃情報をくれた学生一人一人に俺は嫉妬を感じるようになっていた。黒よりも白と肌色が目立つ頭髪を無理矢理に撫で付け、金縁の眼鏡をかけ、カーキのジャケットに身を包みスリッパで這うようにキャンパス内を練り歩き学生を捕まえる、そんなディティールをセルフで補い始める始末。電気とは何なのか?大学で物理を修める身であるにも関わらず十全な回答を用意できない。彼から講釈を垂らされるのも一つの通過儀礼、それどころか必修単位であるように思われるのだ。俺は、彼に会いたい。この思いは物質か、現象か。それとも。