そいつは武者震いだろう

揺れている。

書いて字の如く揺れている、心理的なものではなく物理的に。椅子に座っている時、立ち止まっている時、歩いている時。ケースを選ばず何の前触れもなく体が左右に揺れ出す。視界はぶれ、作業は遅々として進まず、一息入れようとすると歩くのにも細心の注意が必要になるこの状況。秒針を眺めてみたところ概ね1Hzほどで揺れている。隣に工場があるクソみてえな職場デビューを飾ったせいで、ゴウンゴウンと音を立てて動く機械群の振動を受けて建物全体が揺れているものだと思って「何かここ揺れません?」と隣の大御所に思い切って訪ねてみたのだが返答は「え?」のみ。揺れをこらえながら周りの人間を見渡してみても、頭を揺らしながらモニタに向かうものは居なかった。全員がプロスポーツ選手並みの体幹で振動に抗っているということはまさかないだろう。では一体何が揺れているというのか。

俺か?俺が1Hzを刻んでいるのか。♩=120のメトロノームをインストールしてしまったのか、と言えば芸術シーンの人間のような趣も出せるが、いい加減頭を揺らしすぎたせいで吐きそうになってきた。ノイローゼか何かにでもなっちまったのか。社会人辛い、辛いという話を何度も見たり聞いたりしてきたがまさかこれほどとは思わなかった。こんだけ頭揺れてたら辛いよな、社会人。だがしかし、この通過儀礼を通してようやく俺も社会人の仲間入りをできたのだ、というややしこりの残る実感を胸に帰りの電車を待っていると特急が駅のホームを通過するときに猛烈な1Hzに再び見舞われた。時速5、60キロ余りでガタゴト轟音を立てながら駅を通過する鉄の塊、その振動に合わせて自分の体が激しく揺さぶられているのが確かに感ぜられる。残された風圧を身に受けつつしばし唖然とする。過ぎ去る電車を見送る気には全くならなかった。体の揺れが収まらなせいで。