湯けむり地獄変

銭湯に行って最初にすべきことは何だろうか。靴や衣服を脱ぐことだろうか、という一般論はさておいて俺はトイレに行きたかった、うんこをしたかった。一般論も吹き飛ぶほどの便意だと思ってくれて構わない。早速ロビー裏にあるトイレに駆け込んだのだが未曽有の満室、少しの時間待ってもみたが頑として使用中を示す赤のサインが3つある個室から消えることはなかった。その間に腹痛は加速し肛門に凡そ耐えがたい疼きが。けたたましい警告音が脳内で乱れ飛ぶが案ずるなかれ、脱衣所内にもトイレは存在するのだ、俺の肛門と立場が救済される時も近い。男一文字の暖簾をくぐって適当なロッカーに荷物を放り込むと真っ先にトイレへ。

無事に事は済んだ。後のために熱心にウォシュレットとペーパーで責務を全うした肛門をねぎらって、さあ湯に浸かるぞとジーンズを上げた俺によぎる一つのある懸念。俺はここできちんとベルトを締めなければならないのか?社会性を備えた人間として公共の場でベルトを締めて歩くのは割と当然のことであるが、それがこの脱衣所という、全裸がユニフォームの場において拘束力を持つのか否か。刹那でも早く便座に座りたい、便座の温かさを感じながらうんこをしたいという願いで入った場所であったが、まあ当然脱衣所なので目に入ったのは肌色多めの光景であり、ユートピアでありディストピアでもあり。そんな場所でフォーマルに従うことは重要なのか、それなりの面倒臭さを伴うベルトを締めるという行動が果たして必須なのか。トイレに入る瞬間にも一人とすれ違っているが、やはり全裸であった。悩んでいる際にも容赦なく水が尻にぶっかけられている。ここでベルトの緩んだ状態を晒すことで文明を拒否したファッションの群れに後ろ指をさされてしまうのか、というとそんなことはないのだろうが。皆が皆フルチンの中で人の目を気にして格好を整えるというのはシュールに映るのだろうか?結局俺はきちんとベルトを締めてトイレを出ることにした、1分と立たずにそのベルトは緩められることになるのに。周りの野郎共に溶け込むために、一刻も早く全裸になりたかった。赤の他人のいる空間で全裸になりたいと思ったのはあれが初めてで、願わくばあれが最後であって欲しいと思う。