ゼーマン硬貨

財布から上手く小銭を取り出せない。

小銭だけでなくお札を取り出すのにもやや手間取るが、それにしても小銭を取り出すのが遅い。レジに並んでいるとよく分かる、先に会計を済ませるマダムたちの巧みな手捌きと、鼻息を荒げながら必死に小銭を手繰り寄せるバーバリアンこと俺との差。現在の財布との付き合いももう長いので形状、容量などは知り尽くしているがそれでも一向に小銭が手につかない。つく気配がない。この差を自覚したのは中学生のころだったと記憶している、都合10年ほど前からレジに通されるたび、心中でレジ打ちの人たちに土下座をしながらジャラジャラと十円玉をかき集め続けてきた。友人達と店に入ってもやはり俺だけ支払いに時間がかかる。何がダメなのか。

当時中学生なりに原因を考えてみた。物は違うが、当時も今現在と同じくがま口に当たる部分が2つに分かれたタイプの財布を使っており、その2か所にそれぞれ十円以上と五円以下の小銭を分けて入れていた。硬貨をカテゴライズすることでスムーズな出し入れが可能になるものだと思っていたが、これが全くの逆効果だったのではないか。斯様な少年時代のひらめきにより、2つあるがま口の片方はその本来の意味を為さなくなり鍵やギザ十など「貴重ではあるが封入先を間違えたもの」達が詰め込まれるようになった。この硬貨のサラダボウルスタイルを始めてからもレジタイムは縮まることはなく、マダム方が速やかに会計を済ませる様を、すなわち財布から大小の金を取り出す様を食い入るように見つめていたこともあった。技術を目で盗む所存であった。だがそれは客観的に見て、他人の財布の中身に興味津々だという、卑俗さをアピールしているようにしか思われなかったのでこの習慣はすぐに打ち切られた。

財布からスムーズに小銭を取り出す技術を身に着ける機会は俺からほとんど失われた。単純な話、俺が輪を掛けて不器用なだけだったのだろう。半ばあきらめの境地にいるが、店に入るたびに、財布を開くたびに鼻息を荒げて小銭を繰ろうとする俺がいることに気づく。要は人前でいい恰好をしたいだけなのだ。五百円玉から一円玉まで混在するカオスからコンマ数秒で五十円玉を拾い当てることが今日も出来なかった。もう片方のがま口にはやはり「貴重ではあるが封入先を間違えたもの」が入っている。ギザ十とか今年引いたおみくじとかだ。どうやら大吉だったらしい。ホントか。