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豆が欲しいかHere we go

糞にまみれている。団地に引っ越してから1か月と1週間が経過したが、ハトたちは一向に俺の部屋から離れる気配を見せない。一度ここを下見に来た時に糞がベランダを覆い尽くしているのを見て不安を覚えたときには、生活音がある程度続けばやがていなくなるという旨の説明を受け、入居に際して確かにベランダを掃除してもらったはずなのに既にカーテンを開くとあの時と同じ光景が広がっている。現代アートのごとく白かったり黒かったりする物質が無造作にぶちまけられている。

朝になるたびに憂鬱な気持ちになるのは何も俺が低血圧気味だからというだけではなく、ハトたちの立てる音が目を覚ました俺の耳に入って来るもののほとんどを占めているからだ。クルッククルック……とかグクゥグク…などの縄張り争いと思われる阿吽のゲリラライブ、加えて窓一枚隔てても驚くほどに大きい羽音。時折ペチョという湿った音がはっきりと聞こえて笑顔を思い出せなくなるのが大体午前7時くらい。どうだろう、生活音でダメージを受けているのはむしろ人間側なのではないだろうか、という疑問が鎌首をもたげてくる。「もっと音を立てて生活すれば」などとも言われたが男一人が生活を営む上で必要な音というのは限られてくる。歌ったりやたらコピー機を動かしたりベッドの上で倒立でもしたりすればいいのだろうか。示威的な生活音への正解をいまいち掴みかねているが、先に挙げた例が紙資源やカロリーの使い方として不健全なのは何となく分かる。そんなことをしても寂しさが募るばかりで仕様がない。

生活音でハトを退けることはもう無理だろう、ということで最近はベランダの手すりに乗っているのを見つけ次第窓を小突いて威嚇するという原始的な手段をとっている。単純かつ簡単で対症療法的、だが朝だけではなく夕方にも行われる争いにベッドや椅子からすかさず参戦し続けなければならないことへの負担は軽いものではなかった。この部屋は俺のものであるという認識そのものが間違っていたのかもしれない。平和の象徴でありながら好戦的な生物たちの縄張り争い、その中でも俺は下から数えた方が早いらしいことがまだ乾ききっていない糞からも伝わってくる。