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塩を撒け、そして服を脱げ

9月中旬から下旬にかけての入院期間中はほとんどの時間、虚無と苦痛に支配されていた。全身麻酔からの覚醒後はまるでラスボスか何かのように体の各所からチューブが伸びて気持ちが悪かったし、チューブが抜けてからも下半身にロクに力が入らない。結果日がな一日寝て過ごすことになり人生で初の入院をほとんど何の感慨もないままに終えた。入院とは得てしてそんなものなのかも知れんが。一つ印象に残っていることは何かと言われれば、相撲中継だった。が、別に取り組み内容が珍奇だったとかではない。

手術中は全身麻酔のため、胃の中が空でないと酸素チューブを直接肺に突っ込むときの刺激で吐瀉物が気道をふさいで窒息死するのだという。要するに寝ゲロを避けるために手術前日の夕から絶食、術前まで実に20時間弱飲まず食わずで過ごしていた。腹の虫を黙らせるために意識を敢えて失おうと21時半眠りに就き、何の夢も見ずに当日の朝8時に目覚めた。意識を断絶して間をおいてもやはり腹は減っている。執刀医の先生が俺の病室にやってくる15時までの膨大な時間がそびえ立っていたが何もすることがないし、する体力もない。もはやとっとと手術を終えて点滴を打ちたい、などといういかにもカロリーの欠如していそうな思考にまで至る始末。意識レベルを下げたままで迎えた昼下がり、ふと点けたテレビに映っていたのは大相撲中継。家で新聞を取らなくなってからスポーツを見ないこと久しく、ああそういえばそんな力士もいたなという程度の知識しか持っていなかったが、この期に及んでは最高峰のエンタメに違いなかったので食い入るように見つめていた、主に力士たちが塩を撒く姿を。相撲中継のメイン、というか存在意義の取り組みのことなどそっちのけで、ただただ裸に廻し一貫の大丈夫たちが白色の粉を地面に振りかけるシーンを固唾を飲んで見守り、間接的に食欲を満たしていた。特殊なストリーカーに需要のありそうな、背中が大開きになった手術着に着替えてからもこの観察は続いた。塩の撒かれない時間が、つまりは取り組みの時間がもどかしかった。早く強者どもが各々多種多様に塩を撒く様を見たかった。時々手を舐めてから土俵に手を付ける力士がいたが、その光景を見るたびに胸を締め付けられるようだった。

その日は事件が起こり、土俵から押し出された力士が塩籠を倒して中の塩が床にぶちまけられてしまった。「あぁっ!」思わず叫んでカロリーを無駄にしても病室で一人。俺の塩が!とでも言いたそうなその勢いは3か月経とうとしている今でも記憶に残っているが、件の一番に出ていた力士を2人とも覚えていないし決まり手も定かではない。何だったら塩籠が押し倒しを喰らったのが決まり手だ。俺の中で。男どもの手から、籠から宙を舞い続けた塩。その一粒一粒を舐めていきたい衝動に駆られている内に左前腕に太い管が刺さり、俺の意識は闇の中に吸い込まれていった。