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69 泳げ甲斐無しくん

どういう訳か冷水に浸かっていた、見渡す限りのだだっ広い水域にぽつんと浸かる俺。まあこうしたスタイルでの行水もアリだなと水に浮かびつつ余生を過ごしていると遠くから飛沫を上げてものすごい勢いで海坊主とも思われるものが迫ってきたので、3体ほどを躱してようやく自分が浸されている水たまりが競泳用のプールであることに気が付いた。3人の泳者を躱したといってもまさかいきなりプールに召喚されるとは思っていなかったので慌ててプールの底に潜っただけなのだが、何とか衝突は避けられた。

スタッフであろう人間から注意を受けながらプールから水揚げされた不審人物としての俺だったが、次のレースの400mメドレーリレーの日本代表としての出場が決定していたらしい。リレーをつなぐ他の日本代表の面々に、晴れ舞台たるプールを目の前にして初顔合わせを行うという完全に世界を舐め切った行為をはたらく。そこにあった顔触れが小中高大の友人たち5人で構成された俺の人生オールスターだったので日本水泳連盟に対して俺が持つ影響力とは如何ほどのものなのか考えさせられたがこれは夢の話だ。しかしエントリーは6人、400メートルを4人で違う泳法で泳ぎ切るのが400mメドレーリレーという競技なので止む無くiPhoneのあみだくじアプリで選抜、舌が擦り切れるほどに世界を舐め切るその姿勢。適当にくじを選ぶとパネルが赤く染まってしまった、正式な4人のメンバーすら決まっていなかったので誰がどの種目を担当するかもその場で決めねばならず、とりあえず楽そうな平泳ぎをいち早く抑えることに成功、っと、6人があみだを囲って頭を突き合わせている間にレースが始まっていたらしい、やんぬるかな日本代表。

飛び込むバタフライ担当前口君*1、勝負の場に際して明らかになる絶対的な他国代表との差。水飛沫の立ち具合を周りと比べると残酷さがくっきりと。そして次の泳者として控える俺に閃く一つの事実。100メートルを平泳ぎで泳ぎ切ったことが俺にはない。そんな人間が日本代表、まして平泳ぎなどと北島康介の役割を買って出たのだ、チョー気持ちいいエンディングなど用意されているわけもない。逃げよう、このままお国の恥として地上波デビューすることなどない。日本を除いた世界各国のデッドヒートを見送りつつ非常口のような粗末なドアを出る。おそらくは外へとつながっているだろう階段を駆け下りるときには、海パン一丁だったはずの体にいつしかシャツとジーパンを纏っていた。

*1:現実のメドレーリレーとは順番が違うが些細なことである。