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66 ビターエンド

起きたら枕にチョコが付いていた。

シャツに口紅が付いていた、みたいな感覚で喋るからなおさら意味不通になっていると思われるのでもう一度言っておく、枕に、チョコが、付いていた。枕に付く流体では血や涎など人間の体液が最右翼だが、ちょっとやそっとの不摂生でこの深みのある赤茶色を出すことは不可能だろう、ということでまず匂いから検分するにほんのりと甘い香りがしてそれは遥か遠くの国、プランテーションの風景を俺の脳裏に映し出した。しかしチョコと枕、両者に働く万有引力はあまりに小さく、間に立つ俺が原因であることは疑いようもない。アリが俺の枕をサミット開催地に選ぶ前に原因を特定しなければ。

はじめに断っておくが俺はチョコを化粧品として使った覚えがない、そもそも化粧をする必要がないし、食べ物を体に塗るという行為はそういった用途の映像作品で知り得たのみだ。第一首筋やら髪やらからチョコの感触や匂いがすれば気付く。枕に付着していることに気付かず床に就いた俺にも、それくらいの本能は宿っていてもいい。食べ物としてのチョコは、嫌いではないという程度だ。そりゃバレンタのインデーに貰えることに勝る喜びはないが道端に連なるようにチョコが設置されていたら罠を疑うだろう。まして寝具に染み込ませるという安眠法を採るには及ばない。部屋で喰らった記憶もないことはない、だがここ2,3日で頭を預けるものにこぼしたことを見逃すほど熱心に貪っていはいないはずだ、と状況証拠を求めてゴミ箱を覗くとトローチの包みがあるのみ。ここ最近はトローチばっか口に入れてたことを思い出した、おやつ感覚で。

「休日を浪費する学生の枕からはお菓子が染み出す」という逸話も俺は知らない。お手上げ、原因不明。こうなると俺自身がチョコだった、というコペルニクスの片腹を吹き飛ばす発想に至る。至ってしまう。まあ確かにここ数日で日光は急激に強くなりその温度差は俺を溶かすのにも充分だと言えたからな。ほとんど何も食わない日が続いても排泄するのは品質を保つためであろうか。日焼け体質で毎年夏は黒くなり冬には白くなる、ブラックとホワイトの二面性を再現する己の肌。次々と集まりだす状況証拠。俺は人ではなかったのか。胸騒ぎに耐え兼ね試しにと自らの指先を舐めてみると、少しだけ塩の味がした。