64 ぺディグリー虚無

犬が吠えていた。

またか。以前にもこの道を歩いているときに、曲がり角にある周りと比べてやや大きな家、その前に仁王立つこのゴールデンレトリバー的な大型だか中型だか詳細は不明だが、とにかくパツキンでメリケンな犬に熱い歓迎を受けたのだった。鋭い牙で俺の肉を裂き滴る血を飲み干したくて仕方がない、そんな息遣いだったがどうせ柵があるから跳びかかって来はしない、その文字通りの吠え面を拝んでやろうと一瞥。そして顕わになる真実、吠えられてたの俺じゃなかった。

肩まで浸かっていた自意識の海から這い出して暫し。その犬が集中砲火を向ける先を見ると一人の男、往来にはそこそこの人数が居たのだが間違いなく彼に向けられていた。バスを降りたときから家路を同じくしていたのだがここまでの道中、彼は見えない何者かとの会話に没頭し続けていた。会話の内容については今一つわからないが、何やら白熱しているらしくその声は大きく、周りと比べて緩慢な歩み。何やら大儀そうに歩いては虚無に向けてのメッセージを放つ、犬も相手を選んで銃口を向けているのだと悟った。

ふと、俺にその銃口が向けられていたときのことを思い返してみた。季節外れのパーカーに身を包み、マスクからハァハァと息を漏らし、痛めた腰をかばうように時々立ち止まりながらのそのそと歩くその姿。日中を伏せの姿勢で過ごす畜生が溜まりに溜まったエナジーをぶつけたがるのも無理からぬ話。カワイイ顔して非日常を求める天性の狩人よ。まあ、俺が書いてきたことも全くデタラメで、本当に俺に食肉としての価値を見出しており、今回は辻説法男がいたからたまたま見逃してもらえたという可能性も捨てきれない。どちらにせよ今後、あの犬に吠えられないような人生設計をする必要がある。立夏の夕に犬の咆哮が響いていた。