読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

51 意識高い系姿勢

プールに行ってから筋肉痛がひどくて、伝統舞踊を想起させる動きで階段を何とか上り切って部屋のドアを開けベッドに転がり込んだところ、回復体位だった。気が付いた時には、俺は既に回復体位をとっていた。回復体位というのは、頭の下に片手を入れて横向きに寝て上になった方の脚の膝を曲げるという、保健体育の授業や教習所で習う応急措置のアレだ。なお、負傷者が嘔吐していた場合は吐瀉物を口腔から書き出す必要がある。

そこには何の意思も働いていない、ただ回復体位で横たわる人間が一人。求めていたのだろう、生命としての根っこの部分が。回復体位を。即ち回復を。今までもこの体勢をとっていたことはあるのかもしれん、というよりは20余年生きてきた中で、さらに言うと回復体位というものが知識に加わってから5,6年の中で、確実にあるのだろうが「あ、今俺回復体位だわ」と意識したのは初めてだった。今のポーズ面白くない?寝姿革命じゃない?と思ったのも束の間、引き出される記憶の糸を手繰りに手繰るとたどり着いたのは保体の教科書の一角だった。同じ書物でも雑誌のグラビアなどとは方向性に差がありすぎてクラクラする。いや、クラクラしているのは元からだ。俺は疲れている。この体勢は本能からとったというだけあって中々に楽だ。気道が確保されている感もあって実に良い。HPゲージが緑で染められていくのがなんとなく感じられる。これは恐らく人類共通の事項ではないだろうか、そう思えてきた。人間という生物として持ちうる共通項に「疲れたら回復体位」は存在する。狩の最中にマンモスに一突きされた縄文人を寝かせる際も回復体位だったろうし、老いた漁師は回復体位でライオンの夢を見ていた。この文章を見ているお前様、特に寝そべってスマホで見ている御仁についてはいかがだろうか、自分も70億分の一に過ぎないという認識はございましてか。俺には分かっている、皆まで言うな。