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43-氷の世界

昨日の話。二月も終わりということで暦の上ではすっかり春、今まで頼り切ってきたダウンを断捨離、ファッショナビリティを重視してニットのセーターを着て外に出てみた。

めちゃくちゃ寒い。今現在3月間近であるという、地球の公転軌道に疑問を抱かざるを得ない、この北半球の寒さならば天動説を提唱したくなる気持ちにも酌量の余地がある。それよりも異常なのが、この寒さにもかかわらずフル装備防寒している人間が陽気にホームムービーを回している黒人男性しかいないということだ。彼の名を仮にマーカスとしておくのだけれど、マーカスという語句がそのまま冬の季語に使えるのではないかというほどに帽子マフラーダウン手袋。マーカス以外の人間は軟弱なジャケットおよびセーター、俺もだ。ニットの隙間を縫ってところてん状になった寒気がボディブローを浴びせている感覚が確かにある。モテカワコーデ愛され春色一色の街路に容赦なく吹き付ける風。その一つ一つがマイクタイソン然とした拳となって我々を襲う。一人楽しげにカメラを回し続けるマーカス。どちらが勝者かは火を見るよりもオンザファイアー。

寒い、それなのに人々の顔には笑顔。どうみても薄手のパーカーを着た少年が自転車で坂を上っていく様など見たときは、学芸会の役作りにしてはやりすぎではないかと思った。でも俺には分かっている、ファッションを取るあまりに寒さに打ち震えている民衆の嘆きが。モテカワで愛されカテゴリに属したい気持ちも分かるが、それ以上に寒さにただ耐えるだけの姿そのものが果たして美しいと言えるだろうか。皆々の辛さも悲しみも苦しみも、俺にはすべて分かるんだよ。マーカスのように、ありのままの自分をlet it goすることは少しも恥ずべきことではない。顔で笑って心で泣いて、そんな冬の時代はもう、終わりだ。