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暖房。

点けているつもりなのに全く部屋が暖まらない。冷房はそれこそ地球温暖化対策として使えそうなほどに効果を発揮し夏を容易に乗り切らせてくれるのだが、暖房は全く。設定温度を25度ほどに引き上げてもそよそよと凪ぐおちょぼ口が送風口から伝わるのみで肝心の風の温度も私の吐息と比肩する。比肩するな。東芝ほどの大企業のエアコンだしそりゃあ仕事も選ぶさなあ、ウチは代々冷房一本で稼いできたんでぃ、そんな古風なこだわりの前に体温が下降曲線を描く。旧式な職人気質は現代日本では淘汰されなければならぬ。風量を弄ってみるとバキバキと音を立てて人肌温度の960hPaが巻き起こされたのでボタンに封をした。おかげでいつ火を噴くともわからない黄ばんだヒーターに足元を晒す羽目になっている。こんな地味なロシアンルーレットではご来場の皆様はとてもご満足いただけないだろう。

相も変わらず張りつめた凍える空気の部屋の中をうごめく男一匹、万策尽きたとおためごかしに「スイング」ボタンを押す。藁にでもすがるような思いで押したボタンがスイングとは、せめてこの思いが空振りにならないでくれ、凍死する前に上手いことを言えて良かったなあと考えていると次の瞬間、送風口からは命の息吹が溢れ出で四畳半に安寧がもたらされた。何だこれは。俄かに暖まる部屋と頭に疑問符を浮かべ続ける非文明人。そういえば昔家にあったストーブは「暑いとき」「寒いとき」というボタン*1があったことなど思い出される。するとこのエアコン的には「スイング」が「寒いとき」に相当するのだろうと、どうにもならないと振り回したバットが頑固な冷房職人の目頭をホームランしたのだと一人納得。消費者のニーズに応えるべく複雑化する電気回路の中でそうした交錯はいくつあっても不思議ではない。これからはどんどんスイングをして冬を乗り切っていこう、結局はバットを振らなければヒットなど生まれようはずもないのだから。

*1:押すと設定温度が上下する。ちなみに、温度設定ボタンは別に存在する。