読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

26

街中でくしゃみをした。赤信号待ちで群れる中、ただ一人スタートの号砲を奏でてしまった私の周りから自然と人が引いていく。間髪入れずにもう一発。目に見えて減る人口密度、今ここで私が炎上すればそれがキャンプファイアーというものだ。円を書くためにはコンパスなど必要ない、人込みでくしゃみをすればいいのだ。とはいえ不可視のリーサルウェポンたる細菌だのウイルスだのから自らを守るために生まれたくしゃみ、そしてその防衛本能に忠実に従う私をそのように邪険にするのはどうだろうか。人々のつながりが希薄になった現代日本だが、まさしくそれを象徴するかのような肌寒さに耐えきれずもう一度くしゃみをするとさらに後退する人々。

もういいさ、ポケットを叩く度に増えるビスケット感覚でくしゃみをするたびに私から人が遠ざかるというならばそれをエンターテインメントとして完成させることも吝かではない覚悟ができた、このままくしゃみを続けて私と人との距離が天文学的な数値になるまで続けてやろう。そしてあのOLが赤方偏移する様を笑ってやるのだ。しかしそれをNASAが許すはずもなく先に宇宙空間に放り出されたのは私の方。光の粒が方々に散らばっていたがいずれもどの程度の距離にあるのか見当もつかず、他には何もない。音と熱の絶えた世界はただただ寂しく、寒かった。その寒さから一つくしゃみをするとその瞬間、ものすごいスピードで自分が後ろに飛ばされていった。ロケットの要領だ。その過程で多くの塵を巻き込んでいく。なんということだ、この生理現象のために人は距離を拡げていったが、塵たちは決して私から離れようとはしない。むしろどんどん私に集まってくるのだ。この暗黒の中で初めて触れた優しさ。心が、暖かい。このままくしゃみ噴射で遊泳を続け、新たな輩を引き付けながら宇宙を旅しよう、我々のコロニーを築くのだ。そうして貯え続けた塵が圧縮され、重力ができた。重力に寄せられ隕石なども衝突するがそれは終わりではなく新章の始まり、コロニーに熱をもたらした。凍てついた物質は普く融解し水が生まれコロニーは青く、生命の輝きに息づいていた。地球の誕生だった。