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風呂場、熱心に右目をこすっていると血の臭いがした。

平和な風景に突如舞い降りた戦慄の香り。眼球から流れ出ているであろう液体を何度も何度も拭っているとますます血の臭いが強くなっていく。しかし右手を確認しても血が付着している気配はなし。左半身を下にして寝る癖が積もり積もったせいで赤血球が右半身から姿を消したのかと思ったが、そもそも右手に異物感がないのである。ではこれはどういうことだろう、手っ取り早く洗面所の鏡をのぞきこんでみると見慣れた長芋顔が全裸。実につまらないエンディング。そしてたどり着く一つの結論、ああこれ幽霊だ。自らの死を認めようとしない不成者が生者である私への嫉妬をオーバーフローさせているのだ。オカルトサイトを覗いて十数年、風呂場を中心にトイレ、屋外でも海や川などの水場には幽霊がたむろするらしい、因果関係は知らないが。近頃の社会の傾向として、何でもかんでも妖怪のせいにしてしまうものがあるらしいが一寸たりともの考察をせずして妖怪のせいだと決めつけるのはいかがなものか。これは幽霊の仕業である。考察?さっき書いたじゃありませんかおじいさん。

などと呑気に日記などつけている場合ではないのだった。居住スペースに幽霊がいるという実感。夏真っ盛りならばこれを肴に涼み酒も進もうというものだが現在北半球中緯度では冬真っ盛り、藤原紀香付の2LDKでも幽霊が居ると途端に冬枯れ廃墟と化す、たとえそれが藤原紀香の幽霊で両手に花とゆめ状態であったとしても。歯をガチガチと鳴らしながら全裸で居間へと駆け抜けお清め兼夜食代わりの岩塩を一かけら。震える手で震える体にパジャマを纏ってベッドへ滑り込み、己が体を抱きしめる。ああ、生きている。人間恐怖を前にすると否が応でも自分の生を実感せざるを得ないのだ。暖かさから少し気が緩んだのか瞼が重くなってくるが、やはり恐怖からやすやすと眠りには就けない。恐ろしさと眠さに板挟まれながら、眠い目をこすると血の臭いがした。