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A.1週間待つ

引っ越した。のは、丁度先月の話。といってももともと住んでいた家の建て替えの工事の間だけ近場の団地に移るというだけなので、劇的に環境が変わったりということもなく今までと同じ駅、バス停、スーパー、コンビニなどのインフラを使って生活を維持している。この俺の生活というのが学校、スーパー、コンビニの三角形の領域内ですべて説明できてしまうので、部屋の段ボール占有率以外に特筆すべきことのないこの引っ越しも人生の転機の一つ足り得ず、ただ三角形の重心が少しばかり移動しただけに過ぎんのだ。

と思っていたのが先週までの話、今ではほぼ毎回ドアを開けると転がっているセミたちに怯えるのが日常となっている。セミがいるかいないか、ではなく何匹が転がっているかを考える方が精神衛生上良いことに気が付いてしまった。どのような因果で彼らが六肢を投げだし天を見る格好で俺の家の前に佇んでいるのかはさっぱり分からない、フェロモン的な何かを知らぬ間に家で発してしまっているのかも知らんが。セミに衝撃を伝えるとそれまで大人しくしていたのが嘘のように元気に背面飛行しながら喚き散らす獣と化すので、半分しか意識の無い朝であろうとも玄関からエレベータまでの道のりを地雷原を踏みしめるが如くの集中力を持って歩かなければならない。辛い。

決定打となったのは今週のゴミ出しでのこと、収集場所まで降りようとエレベータに向かうと足音に反応して暴れまわるのが2匹。それぞれが鳴きながらランダムな軌道で狭いホール内を飛びパニックに陥る俺。ゴミ袋を振りかざしながら残る理性でボタンを押してエレベータに乗り込み、狂気の三重奏が響くのを回避した。帰り道、またあのエレベータホールに近づいて俺が正気を保っていられる自信がないので別のエレベータを使って戻ることにしたのだが、これがいけなかった。階を上り、家までの廊下を歩いていると待ち構えていたかのように上空からセミが1匹、目の前の床に着地したのだ。イベントバトルのようなこのタイミングの良さに目眩がしてくる。とっさに投擲できるようなものを探してみるも周囲には石ころ一つない。こんなことならさっきのゴミ袋でいいから装備したい。子供の頃は虫など平気で触っていたのに、なぜ成長した今の自分はこんな1匹のセミ程度に恐怖を抱いてしまうのだろうか……。じりじりと脇を抜ける機会を伺い少年時代を思い返す間も、夜の空にセミの声が止むことはなかった。

一握りの思い

鳥五目おにぎりが好きだ。大学構内にある生協のコンビニで出会ったのを初めに、そこで買う鳥五目おにぎりを昼食に欠かすことはほとんど無かった時期もある程だ。友人たちが手軽な弁当だけで済ませるところにわざわざジャンボおにぎり鳥五目味を追加して食べ過ぎの烙印を押され、事実行き場のないカロリーは俺のわがままボディの一部を成している。ジャンボおにぎりとは大学生協が出しているおにぎりのことで、通常サイズのものと比べても一回りサイズアップしているにもかかわらずお値段は100円(税抜)とリーズナブル。俺の学生生活においてジャンボおにぎりが占めている割合は小さくはないが、それも永久に続くわけではない。学年が進むと学部棟で過ごす時間が増え、すぐ近くの学食がコストパフォーマンス的にもピークの人口密度的にも優れていたため、次第に生協のコンビニに通わなくなるとその蜜月も打ち切られることになった。

切らしたレポート用紙やら何やらを買い足しに大学構内の購買に行ったのはちょうど1年前くらいのことだろうか、必需品のついでに久々に鳥五目おにぎりも買おうかな、と食品の陳列棚に向かった俺を迎えたのは大量のジャンボおにぎりツナマヨ。一面に広がるツナマヨをかき分けて探してみてもそのその景色が変わることはなく、ジャンボおにぎりはその進化の過程でツナマヨ以外の味が絶滅したという事実だけが突き付けられた。所謂期間限定というものだろうかと現在に至るまで定期的に陳列棚を漁ってみるもやはりツナマヨのオンステージである。近所のセブンイレブンに鳥五目おにぎりが並んでいることに気付いてからちょくちょく通うようにしてみたもののこれも2,3か月で姿を消してしまった。俺は時代に取り残されてしまったらしい。失って初めて物の大切さに気付く、俺の場合にはそれはおにぎりだったという話。

この際だからはっきりと言うと、ジャンボおにぎり鳥五目味はあまり美味しくはない。大きさと安さがウリという点からもこのことは演繹可だろうがそれにしても美味しくない。米はベチャベチャとしており、巻いてある海苔もどこか湿っていてパリパリ感が微塵もない。味付けもおにぎり全体で均一ではなく味の分布がまばらになっている上に大抵の箇所が味があんまりしない。ガチャガチャという騒音を立て、蒸気を吹き出しながら機械が何とか米と海苔を丸めている様が浮かんでくる、そんな味だ。現在大学付近のファミマに鳥五目おにぎりが並んでいるので、あたかも絶滅危惧種を保護するかのように足繁く通っているのだが、これはジャンボおにぎりに比べたら大変美味い。米の一粒一粒が立っていて海苔も食感がよく、だし醤油と具の味がよく染み込んでいる。美味い。食べた回数が少ないので記憶がおぼろげだが、セブンイレブンのものもジャンボに比べたら美味いはずだ。だが叶うことならもう一度あの安くて大きいことが取り柄の、ジャンボおにぎり鳥五目をもう一度食べたいと思う。ベチャベチャの米と海苔とを咀嚼し、嚥下したい。美味いものを食って不味いものに思いを馳せることを俺は止められずにいる、あるいはそうすることしかできないとも言える。

金欠が見る夢

manacaなど種々の電子マネーにチャージをしていたら手持ちの現金が尽きたせいか、ほとんど金を持たずにスーパーマーケットをうろつく夢を見た。財布の中を確認すると1円から10円までの小銭が数枚と、単三乾電池が一本。一見それは小学生以下の経済力であるが単三の乾電池ともなれば1本百円くらいの価値はあるはずなので、ハローフーヅにも似たこのスーパーに足を運んだことは無駄にはならないだろう。真っ先に自販機に向かって自ら無駄足に変えていこうとするのはどうかと思うが。

自販機に正対し硬貨投入口を確認すると、通常の硬貨を入れる直線状の穴は存在するのだが、乾電池を入れる円形の穴が存在しない。何度か筐体を見直して見たが、乾電池が通り抜けれられるような口が見つからない。困った、円柱状の単三乾電池を投入しようとするとその投入口は確かに側面から見た場合には円でなければならない、硬貨投入口を指で撫でてみたりはしたものの、ググッと穴を広げて乾電池を押し込めるようにはできていないようだ。とどのつまりこいつは乾電池に対応していないのだということに。これには参った、乾電池1本に100円の価値があったとしても通貨として使えなければ意味はない。俺は正真正銘の一文無しの素寒貧という訳か。改めて経済力の無さを突き付けられつつもまあ、この自販機の穴の件は日記に書いて笑い話にでもすればいいか、とか夢の中の俺が思っていた記憶があるので文章に起こした。その後は店内をうろついていた覚えがあるのだが、試食コーナーのポテトフライを食っていた記憶しかない。夢の話なので味覚まではっきりとはしていなかったが、やけにパサパサした食感だけは残っている。

尻から始める機械化

尻から火が出ている。イメージとしてはロボットアニメなどで足からロケットブースターが噴射されているものが近い、尻についてるのはどうかと思うが。とにかく俺はサイボーグと化した。少年期の念願叶って機械の体を手に入れたのはいい、が、加速しない。致命的欠陥。加えて噴射口を人間の急所である肛門にあてがうという設計ミスのおかげで尻がひりひりと痛み出した。人間の機械化の偉大な第一歩だとしても重大なミスが2件もあっては俺の体が持たない。サイボーグになっても催す便意のことも加味すればもはや三重苦と言っても過言ではなく、業火を噴き出さないようにギリギリのバランスを保ちながら踏ん張り、なんとか目的のものだけを排泄し終えてペーパーで尻を拭うと赤い液体が。ははあ燃料漏れだなと一人合点をいかせていると猛烈な灼熱感が下半身に。あれ、延焼した?

分かっていた。俺に内燃機関などなく、その排気口など必要はないのだと、この灼熱感もただの痔に過ぎないのだということ。違和感も確かに前からあったが日常生活に支障を来すほどまでに尻から火が出てくる(ここでは比喩として受け取ってもらいたい)とは。もしかして結構な進行度の痔じゃねえか、とSNSで呟きをこぼしたところ、痔には肛門の筋トレがいいですよ、とありがたいお言葉を頂いた。ので、早速「痔 筋トレ」でググると痔のポータルサイトのようなウェブサイト、痔になりやすい人の条件がトップに箇条書きにされていたが「痔は女性がなりやすい」の一文で盛大にずっこける。が、以降の条件を見るに辛い物を頻繁に食う、長時間座ることが多い、尻を冷やすなど俺のプライバシーが赤裸々に綴られていたので目頭が熱くならずにはいられなかった。俺が女だったら痔を罹患するために生まれてきたようなもんだ。

筋トレは確かにやった。肛門に力を入れて3秒保つ→肛門を開くようにして3秒保つ→力を入れて3秒のループをして血行を良くしようという試みで、歯を磨きながらでもできるということだが対症療法としては疑問符がつくし地味だしで1日で終わった。結局のところ薬局にて買ったボラギノールを中にちゅーっと注入するのが良いに決まっているのだ。風呂に入って肛門周りを重点的に清め、下半身を丸出しにして便座に座す。出す専門の穴に入れるというのは想像以上に緊張するもので、まして今回のように液状の物質をねじ込んだ経験は初だった。同梱の説明書を3回ほど読み返してからチューブの先端部を肛門に差し込むと、(前略)過去と未来に関する普く一切の記憶や思考が去来し、それは薄暗いトイレの個室を走馬灯のように照らした。(後略)かくして人事は尽くされた。痔などなかったもののように完治し、俺には日常が戻って来るはずだ。万が一治らなかったとしたら、その時はサイボーグとして生きていきたい。

磯臭創世記

海苔が道路にへばり付いている。早朝飯を買いに行くコンビニを少し遠い場所に変えただけでこの珍事。何せ遠目に見ても海苔と分かるほどの存在感、大きさも青のりや刻みのりなどといった脇役クラスではなく大判サイズのワンカットだ。まだ高くない朝の日差しを受けててらてらとした光沢を見せつけ己の新鮮さをアピールする、路上で。ちょっと強い程度の風ではびくともしないほどに地に根付いているので、多少なりとも長い時間をコンクリート上で過ごしているらしいことが伺える。前日までの雨風に晒され表面が危ない菌などに侵されてもはや食品としての価値を失い、ただただ朽ちるのを待つばかりとは思えないほどのツヤであった。神は「光あれ」と言ってその次に「海苔あれ」とでも言ったのであったか。路傍の石雑草などとは違うという気概が一目で伝わってくる。出会ってすぐは黒いコイツの存在感に圧倒されるばかりであったが、しばしのにらみ合いの後に周囲を見渡して一体何処からこの海苔が飛来したのかを探ることにした。が、目立つ建物はステーキガストくらいなもので大判の海苔を扱っているかどうかは怪しい、そうなるとやはり道路に隣接したマンションが最右翼であろうか。試しにとその各部屋のベランダを可能な限り調べて見たが、海苔を干しているような住民は見当たらず。まあ、当然というか。これくらいの海苔ならば部屋の窓を己の意思でするりと抜け出すくらいはするのかも知れん。体のツヤを保つことに精いっぱいで着地して間もなく力尽きてしまったのがなんとも残念ではあるが。

朝飯を買い終えて、家に戻る路上でもまだ件の海苔は磯臭さを視覚からも伝えてきていた。そりゃあそうか。あれだけの黒光りでこの場所への執着心を訴えているのだからコンビニに行って帰ってくるまでの5分そこらで離れるはずもない。あそこをあの海苔は死に場所に選んだのだろう、もっともその死がいつ訪れるとも分からないが。我々人類が滅びた後も未来永劫に残り続けて、何だったら化石にもなって欲しいし、それを見付けた後世の考古学者が「この辺りは一面海だったんだ!」とかも言って欲しい。