読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

プレッシャーオブプレッシャー

日記

事実、最後の更新から今まで何度かキーボードに向かってあれでもないこうでないととりとめのない文章をひり出そうと努力はしていた。していたもののその試行のいずれもが徒労に終わり、代わりに本来済ませておくべきである実験のレポートや輪講のレジュメやらが過半数の議席を占めた結果大変な間が空いてしまった。そして新学期、長い春休みの時間を利用して作ったレジュメを持参していざセミナーの発表を行おうとすると、話すべき内容が体中の穴という穴からぬるぬると汗という形で溢れ出で、乾燥で割れた唇を気にしながらも必死に言葉をつなごうとしては見たものの、浮かぶのは無縁仏に埋まってしかるべきうんこのような言葉たち。悪夢のような言語のトレードオフを経て、web無縁塚たるこのページのことを記すべきではないだろうかと思い立ち至る現在。なんか圧力の話などしていたような記憶がある。

すごく頭のいい人がすごく頭の言い教え方で書いた本をみんなで読むのがこの輪講なのだが、基礎中の基礎、普段気にも留めず条件反射で応用している事柄に改めてものすごく頭のいい方法で解説がされている。発表者であるものすごく頭の悪い俺は、この頭のいい方法を俺(頭の悪い)の言葉でもってみんな(俺よりもずっと頭のいい)を納得させなければならないのだが、俺(悪い)なりに考えてきた説明の最中、他の学生(いい)や教授(ヤバい)が少し質問をするだけで汗腺が活発になり心拍数も上昇、唇の裂け目からどっと出血。滴る血を舐めながら言葉を切らさないように選ぶその様は、何とかして日記を書こうとキーボードを断続的に叩く姿と重なって恐怖すら覚えるほどだ。あと圧力の話。今まで関係ない話ばかりだったのに急に等式で、圧力とは~である、とさも初めからそこに居たかのような大御所感を放ち始め、ひいてはしばらくの間メイントピックまで張ってくる。どうしようもないわがままパラメータをどう処理するかは完全なるノープランであり、これこれこうだからそうなってそことそこが一致するんですよとみんなに説いたところ「なるほど」の評価を頂き、まあこれこれだからそうなるよねと教授の是認も頂いたのでみんな幸せになったのだが、まあ、もう、あれだ。書くことが思いつかない。

くる年くる年

日記

明けた。悪夢のような2015年も思えばさっそうと去っていき気付けば新年、何だ、1年の思い出とか?そういうのがあんまりないから困ってるんだけど。2015年分の日記のログ50数回分を引っ張り出してみてもそういうの無いから、学校に水着履いていった話とか?それが2015年のハイライトなどという冗談はよしてくれ。手術と入院は人生初だったのだが、肝心の手術中には俺の意識は飛んでいたし入院生活もベッドで数日横になってちょっと元気になったら歩いてみるくらいなものでスぺクタクっていたでなし。ということで、どんな年でしたかって言われても返答にガチ窮するワケ。まあでも今年の漢字とか「安」だったらしいじゃん?国民皆平穏無事のもとに2015年という年を終わることができたんなら俺もその末席に添えてくれるとありがたい。人類皆兄弟。何も無かった。それでいい。マジ何も無かった。光陰矢みたいな。矢って言ったら凶器みたいなもんだからマジで何も無くて良かった。

しかし改めて何も無い一年だった、何かを起こすためのアクションすら起こせない気力と体力まで追い込まれていたというのも勘定に入れてもメモリアルな出来事の無さである。これではときめきなどとはとても。踏み込んだことを言うとメモリアルどころか日々受けてたはずの講義の内容などもあんまり頭に入ってない、いや難しいおサイエンスの話などがよく分からないのは自然だとしても講義を受けていた風景がサッと頭の中に浮かんでこないのが問題というか。週5で教室に足を運んでいた事実は概ね了承できても、そこで何をしていたか思い出そうとすると映像に濃霧がスーッと。お世話になったはずの先生の顔や声にも警察24時のようなモザイク、罪深いのは満場一致で俺なのだが。ところで毎年恒例の行事で初詣に出かけ、わざわざ500円玉を崩して無人販売の300円のおみくじを引いてきたのだが、結果は吉。失せ物は時間を掛ければ出てくる、勉学は苦手分野が鍵、金運は倹約が大事……可もねえ、不可もねえ、俺はこれでいいんだ……

塩を撒け、そして服を脱げ

日記

9月中旬から下旬にかけての入院期間中はほとんどの時間、虚無と苦痛に支配されていた。全身麻酔からの覚醒後はまるでラスボスか何かのように体の各所からチューブが伸びて気持ちが悪かったし、チューブが抜けてからも下半身にロクに力が入らない。結果日がな一日寝て過ごすことになり人生で初の入院をほとんど何の感慨もないままに終えた。入院とは得てしてそんなものなのかも知れんが。一つ印象に残っていることは何かと言われれば、相撲中継だった。が、別に取り組み内容が珍奇だったとかではない。

手術中は全身麻酔のため、胃の中が空でないと酸素チューブを直接肺に突っ込むときの刺激で吐瀉物が気道をふさいで窒息死するのだという。要するに寝ゲロを避けるために手術前日の夕から絶食、術前まで実に20時間弱飲まず食わずで過ごしていた。腹の虫を黙らせるために意識を敢えて失おうと21時半眠りに就き、何の夢も見ずに当日の朝8時に目覚めた。意識を断絶して間をおいてもやはり腹は減っている。執刀医の先生が俺の病室にやってくる15時までの膨大な時間がそびえ立っていたが何もすることがないし、する体力もない。もはやとっとと手術を終えて点滴を打ちたい、などといういかにもカロリーの欠如していそうな思考にまで至る始末。意識レベルを下げたままで迎えた昼下がり、ふと点けたテレビに映っていたのは大相撲中継。家で新聞を取らなくなってからスポーツを見ないこと久しく、ああそういえばそんな力士もいたなという程度の知識しか持っていなかったが、この期に及んでは最高峰のエンタメに違いなかったので食い入るように見つめていた、主に力士たちが塩を撒く姿を。相撲中継のメイン、というか存在意義の取り組みのことなどそっちのけで、ただただ裸に廻し一貫の大丈夫たちが白色の粉を地面に振りかけるシーンを固唾を飲んで見守り、間接的に食欲を満たしていた。特殊なストリーカーに需要のありそうな、背中が大開きになった手術着に着替えてからもこの観察は続いた。塩の撒かれない時間が、つまりは取り組みの時間がもどかしかった。早く強者どもが各々多種多様に塩を撒く様を見たかった。時々手を舐めてから土俵に手を付ける力士がいたが、その光景を見るたびに胸を締め付けられるようだった。

その日は事件が起こり、土俵から押し出された力士が塩籠を倒して中の塩が床にぶちまけられてしまった。「あぁっ!」思わず叫んでカロリーを無駄にしても病室で一人。俺の塩が!とでも言いたそうなその勢いは3か月経とうとしている今でも記憶に残っているが、件の一番に出ていた力士を2人とも覚えていないし決まり手も定かではない。何だったら塩籠が押し倒しを喰らったのが決まり手だ。俺の中で。男どもの手から、籠から宙を舞い続けた塩。その一粒一粒を舐めていきたい衝動に駆られている内に左前腕に太い管が刺さり、俺の意識は闇の中に吸い込まれていった。

バス停の怪

日記

適当に長時間ぶらぶらと散歩していると、いつの間にか見知らぬ土地。それこそ道に迷うほどに歩き続けたので、日は落ち脚はデュアルショック対応、喉も渇いている。ブザーが鳴り響き警告灯で視界が赤く染まり始めたかと思うと、前方にはバス停が。渡りにノアとはまさにこのことと、脚のバイブをこらえて歩いていくとバス停に続く行列に違和感。

あたかもモールス信号が如く人と人が2メートル弱ほど間隔を空けて並んでいる。生まれも育ちも、生粋の名古屋人として名古屋など俺の庭のようなもんだと思っていたが、ちょっと歩くだけでいつの間にか文化の境界線を跨いでしまったらしい。バス待ちの際にトンとツーの2種類のみで思いの丈を伝える習慣は俺の地元には少なくとも存在しない。いや、それともこれは本当にただのトントンツーであり彼らはバスなど待っていないのではないか?誰に向けるものでもない信号が果たしてレクリエーションとして成立するか、それこそ文化圏の違いであると片付ける方が無難であろう……とモールスの末端に立つサラリーマン風の男に、そこが行列の最後尾なのかを尋ねることに。

生粋の名古屋人である以上にコミュニケーション弱者なので、さっきまでとは異なる理由で脚はがくがくと震え唇はひび割れる。やはりそれでも、世の中にはモールスだけではなく言葉で直接伝えねばならぬこともあるのだ、と決心し「ここが最後尾ですか?」ミッションコンプリートと思ったのも束の間、男は目をやや見開いパードゥンの顔面言語をしつつ両の耳からイヤホンを引き抜いたのだった。いや、出鼻こそくじかれたがここでひるんではならぬ、と唇を湿らせて決意を新たに再度、ここが最後尾ですか?「いや、分からないっす」返す刀で正中線から真っ二つ。ああそうなんですか……。俺と彼との間に信号は途絶え、ただ静寂だけが2人を取り囲んだ。どちらが絶対的に悪いという訳でもないのにどうしてこんなにもわだかまってしまうのか。これでは尋ねた甲斐がないなあと思いながらも彼の隣に大人しく並ぶことにした。気まずいので2メートルほど間隔を取った。

70 ボクらの太陽自律神経編

日記

6月第一週の休日の朝の空気は夏のものとは思えぬほどに冷たく、油断すると鼻からちょっとしたアミューズメントが液体として垂れてくるので定期的に啜り上げての回収が必至。未だに片付けていない足元のストーブに手が伸びそうになるも前回の失敗を繰り返すわけにもいかない。止まらない体の震えは物理現象の反映として確かに俺の体に顕れた。冷えた手で冷えた足のツボを押し、感覚を失いかけた末梢神経周りの血流を取り戻すというやや消極的な手段を講じるに至ったのはそこそこの妥当性を備えているだろう、左足を右腿の上に設置してツボを押し始める、と驚天動地、下腹部にまでその痛覚を伝えるほどに抑えると響く部分があることに気が付いた、俺の足裏に。

何これ?俺の中に何かが眠ってたりしたか、足裏にガラスか何かが埋め込まれたか、どちらかでなければ納得できないほどに叫ばれるヘルプミー。前者は壮大なRPGの幕開け、後者は改造人間の第一歩然としたストーリー、王道ファンタジーとSFのにらみ合いが俺の肉体上で行われていることに驚きを覚えつつ「足裏 ツボ」で画像googleし2大ジャンルの係争地たる箇所が如何なるツボなのかをチェック。画像の大きさと画質の兼ね合いで文字が潰れていてよく見えないが太陽、神経……?とか書いてある気がしたので「太陽 神経」で再google、至る結論。どうやら太陽神経叢?というものが俺の急所であったらしい。検索結果の内容がチャクラとかパワーストーンとかあったので、人体パワースポット的な、概ねそういう理解でよろしいと思われる。俺の体内に潜んでいたものはガラスではなく、太陽であったらしい。ツボを押すとそれに連動してギラギラと魔性の輝きを放ちながら内から熱を放射してこの身を焼く。風は吹き荒び日は遠くで鈍い光を投げかけるだけでも、何もその太陽を追いかける必要などはない。中空を仰ぎ見ずとも太陽は我々の体の内に存在する。