扇情のメリークリスマス

生活必需品(主にヨーグルトのこと)を買い足しにスーパーに入ると一角で流れ出すジングルベル。

嘘であろう、心療内科で処方された睡眠薬のせいで1か月もの間眠りこけていたというのか。先週までトリックとトリートの二択を迫られていたはずなのに。確かにこの聞き覚えのあるフレーズは一つの意味に向かっており、とどのつまりはメリークリスマス。だが入り口で焼き芋屋とすれ違ったのも、生鮮食品コーナーで紅葉の飾りつけが大々的に行わているのも見間違いではなかった。11月上旬とは思えない陽気に、羽織ったパーカーの内がやや汗ばんでいる中で、このような。気になって辺りを見回し、再度クリスマス的なもの無いか視認しようとするも皆無。クリスマスケーキの予約も始まっておらず。靴下的なオブジェの一つも見当たらない、その上でBGM一本で無理くりにでも季節感を出そうとする商魂には頭が下がるが、結果的に空間が捻じ曲がってしまっている。

季節感、とは書いてみたもののやはりまだ11月も初頭。脳までクリスマス仕様にするにはBGMだけではエネルギーが足りていない。実際暖かな店内と何一つ平素と変わらない品ぞろえで、特別な購買意欲をそそられることが一切無かった。むしろ暑さと感じ取れるほどの気温のおかげで、アイスに手が伸びそうになったのは特別な購買意欲と言えるのかも知れん、単なる気分と言ってしまえばそれまでだが。帰り際に普段は買わないような焼き芋を買ってから帰ったのも特別な購買意欲と言えるのかも知れん。無意識のうちにクリスマス気分に乗せられて浮かれて沸いた意欲であることを否定することも、今となっては出来ない。それが店側の狙いであろうか。少なくともヨーグルトと焼き芋を買ったことまでは覚えているが、何か余計な買い物をしはしなかっただろうか。思い出せない。あそこは空間が捻じ曲がってしまっている。

痛といえば覚

歯を抜くことになった。

いわゆる親知らずというやつなので生活上全く困ることはないのだが。歯ブラシも届かないような口腔の奥まった箇所に生えたせいで虫歯が進行し、その上歯ぎしりによって満を持して欠けてしまったので。今のところ痛みはないものの将来的には出てくることもあるだろうし、そもそもが要らない歯ゆえに抜いてしまった方がいだろうと。行きつけの、という言い方が正しいかも分からんが幼稚園時代から通い続けている、トイレがいまだに和式便所の歯医者。人為的に抜いた乳歯は全てここで抜いてもらったので割と信頼しているつもりではあるのだが、永久歯を抜くというのは初めての経験でありかなりの恐怖がある。顔が大きいことの数少ないメリットの一つとして親知らずが歯並びに馴染むということがある、と思っており、そういう意味ではこの遺伝子を与えてくれた両親に感謝していたのだがここにきての虫歯と破損のコンボが決まってしまった。

先でも述べたが、歯科の先生を信頼はしている。いずれはこの親知らずも抜かなければならないことも分かってはいる。それでも怖さが消えてくれない。親知らずを抜くために入院し退院後に「顔が倍に腫れた」「熱が39℃も出た」、麻酔をしていても抜歯時の感覚は普通に伝わってくる、などの知人たちのエピソードがフラッシュバック。何となく、少年時代には人間は大人になれば痛みに対して耐性が付くものだと思っていた。転んで擦り剝いてできたかさぶたを眺めながら、成長すればこのひりひりした感覚は鈍くなってやがては消えてしまうものだと思っていた。胃カメラ体験談なども読みながら、いずれは飲むことになるのだろうとぼんやり考えていたものだが。20余歳になろうというのに痛みに全く慣れる様子がない。転べば打った箇所は青く腫れて痛む。爪を切りすぎて巻き爪になれば痛む。目薬を注すのもちょっと怖いくらいだし、胃カメラに至っては飲む日が来ないことを祈り続けるばかりだ。いずれはこの歯は抜かなければならない。それは分かる。じゃあ、今月中にまた来ます。そう先生に告げたあの時の俺よ。シャドウバースを実際にプレイしたことはないが、動画で聞いたことがあるウォーターフェアリーちゃんの真似をしながら布団に包まっている。痛いの嫌いなの!痛いの嫌いなの……

みずものがかり

水は生きている。

愛の言葉をささやいたり褒めちぎったり感謝の意を伝えたりすると水分子の結晶が奇麗になる、その逆もまたしかり、という話。オカルトめいてはいるものの、物を語ることはないが植物たちも呼吸などの生命活動を行っているため、生きているからと言って何らかの意思表示がついて回るというわけではないように思える。要は外界との相互作用が能動的か否かは問題ではないということ。更に言うと我々人間も6割程度は水である、ということを踏まえればその主張、分からなくもない。賞賛や罵倒による気分の浮き沈みが身体の主成分たる水でないといいきれるだろうか。まあ、当然ながら人間が水だ、という逆説を罷り通すつもりはない。ありがとう、の一言で結晶構造が奇麗になってお肌にハリが出るのならばそれに越したことはないのだが。ここで言っているのはあくまで水という物質に生物性を認めるかどうかの話で、滔々と流れ続ける瀑布等パワースポットを前にして目をキラキラ輝かせながら「水って生きているんですねえ」という話ではない。

水は生きている。一向にかまわない。生きているんだから無駄遣いは止めようとか、最近体の調子がいいのはこの1本400円の水を使っているからなんですよ~とか、そういうことを言うつもりはない。俺が言いたいのはスピリチュアルな部分ではなくもっと生活に根差した部分、風呂について、だ。繰り返すが水は生きている、そして常温から水をやや熱した程度の湯というのもやはり生きているだろう。ここ最近、というよりここ数年の俺は風呂でため息ばかりついている気がする。好きだと言われれば奇麗な、嫌いだと言われれば汚い結晶を作る。それではため息ばかり聞かされた水というものはどうなってしまうのだろうか。そしてその水に浸かっている俺は。ただよう不健康の気配。身も心も解き放って完全に自由になれる時間だと思っていた風呂の時間が音を立てて崩れていく。奇麗な水に浸かりたいがために入浴中に「愛してる」「生まれてきてくれて嬉しいよ」などと呟く光景は純度のキ印100パーセント。入浴中に熱唱する人もいるという話を参考にし、せめてもの対策として愛や恋についての歌謡曲をひねり出そうとするも出てくるのはaikoばかり。水に向かって自分はカブトムシだと主張する成人男性の図、想像するだけでため息が出てくる。

ファイナル不安多事

ここ1年半ほど兆候はあったものの、最近になって突然右腕が痺れてまともに動かせなくなったり、吐き気が止まらなくなったりと原因不明の体調不良が続いたので満を持して心療内科に行くことにした。診察は明日、奇しくも台風直撃とばっちり重なった。ただでさえ、という中で気分はさらに沈んでいく。

何しろ心療内科を受診することなど初体験なので年甲斐もなく緊張している。不健康な人間には特有のハイなテンションでもってあらゆるメンタルクリニックに電話をかけ、そのたびに予約がいっぱいだと告げられたり、外科内科泌尿器科一通りかかってからお願いしますとやんわりと来院を断られたりと倍々にバフがかけられた不安の中で先週を過ごしてきた。いざこうして念願叶ってカウンセリングが受けられる段になると、もともと初対面の人間と話すときには顔のパーツがきちんとついているか延々と確認を続ける癖を持つ俺、いよいよもって不安が爆発。果てにこうしてキーボードを叩き始める始末。右手の感覚はすでに臨界点を超えた。

カウンセリング中ただ嗚咽を漏らすだけでは何らかの烙印を押されるだけで診察が捗らないであろう、ということでとりあえずは何か話すことをあらかじめ考えておこうと「症状.txt」を立ち上げ、思いつく限りの体の不調エトセトラを箇条書きにするのだが、のちにそれと思われる事項を数えてみると20に上らんとしたので思わず今の生に感謝した。「物忘れが多い」「物覚えが悪い」「物を覚えられない」がトリプルブッキングされているのを見たときには思わず目頭を押さえた。まあ、ある意味では現状をこれ以上なく正確に表している。明日が暴風警報で流れてしまったとしても、明後日は歯医者。数ある症状のうちの一つ「歯ぎしり」によって欠けた歯を治療しに行かなければならない。気分はさらに沈んでいく。

野球と宗教と政治と

政治の話をブログでするな、と寝物語にお母さんに聞かされたものだが選挙を前にして「山尾志桜里に手を振ってもらった」だのという話を聞かされ居ても立ってもおれずにキーボードを叩いている始末。

政治の話、といってもできることなど豊田議員の「このハゲー!」くらいしか無いのだが。聞くところによれば小学生の間でこの罵倒フレーズが一時流行ったとかなんとか。そりゃそうだろう、今でも小学生と同じ箇所に笑いのツボが付いている俺の中で数か月の時を経て今尚ホットなのだから。テレビからこのセリフが大音量で流れてきたときには本当にびっくりした、庶民感覚を濃縮還元したバラエティ番組などではなくニュースの時間にこれだもんな。「このハゲー!」と口走ってしまった人物のプロフィールが露わになるにつれて俺の中でこれがただの面白情報ではなく、一つの付加価値を帯び始める。女性、国会議員東京大学卒、ハーバードに留学経験あり……すべてが遠く離れた立場にいる人間の口から放たれる「ハゲ」は、俺がもそもそと悪態を吐く度に出るそれと異なる意味を持っているだろうか。否だ。

こうした事実はしばらく俺の中で奇妙に存在感を持ち、建前では政治家のモラルが云々とは言えても、内心では共感や同情ともまた違うがそれと似たような感情を否定できずにいた。時の総理大臣がカップラーメンを400円くらいか、と言ってから話題に上った政治家の庶民感覚、おそらく彼女ならばかなり正確に測れているのではないだろうか。ステータスの何もかもが違う俺と彼女が「ハゲ」という共通項で結びついている、互いに離れた点と点が線になる拭えぬ感覚。もっと違う形で出会えていたら友達になれたのではないか、彼女がマタギで俺が猟犬みたいな関係でもいい。現世では報ステの一トピックで一方的にこちらが向こうを知ったのだが、来世では「このハゲー!」の号令で牙を剥きだして獲物に跳びかかっていく。そんな可能性があってもいいんじゃないか?

政治の話とも言えないが、話はこれで以上だ。明日10月22日(日)は衆議院議員総選挙。もちろん俺も清き一票を投じる所存だ、お母さんに言われたところに。